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三田綱町の「綱町」の由来

2014/11/07

綱町をいう名は住所には存在しない。が、「三田綱町パークマンション」を代表するように建物に用いられるケースも多々見受けられる。そもそもの由来は何だろう。企業の迎賓館を構える三井グループの広報委員会の説明では以下のようにある。

綱町の綱は、羅生門の鬼退治の逸話で知られる平安中期の武将、渡辺綱がこの地で生まれたことに由来するが、現在周辺は三田2丁目であり、綱町の地名は使われていない。

また、「港区ゆかりの人物データベース」というサイトには、こうある。

【渡辺綱(わたなべのつな)】生年:天暦7年(953)、没年:万寿2年(1025)、活躍年代:平安、職業:武士、ゆかりの地:綱坂、旧地名:三田綱町、現地名:三田2-5、キーワード:源頼光、プロフィール:天暦7-万寿2(953-1025)。平安中期の武士。源頼光の郎党で坂田公時(さかたのきんとき)らとともに四天王と称された平安中期の豪傑。父・源宛(みなもと・あたか)は嵯峨源氏の流れをくみ、関東の武蔵守でした。父の死後、攝津に移り、養母の居所にちなんで渡辺を名乗ったと言われています。頼光に従って酒呑童子や鬼同丸を退治した説話や、京都一条戻り橋で鬼の腕を切った説話で知られています。
港区とのかかわり:伝承により三田綱町の由来となる。三田綱町は渡辺綱の出生の地であると伝えられています。二の橋近くの当光寺が出生の寺とされ、イタリア大使館脇の坂は「綱坂」、三田1丁目と2丁目の境は「綱の手引坂」と呼ばれています。しかし、豪傑として知られた渡辺綱にまつわる古跡は全国に散在しており、三田綱町もそのような伝承の地の一つであると、現在では考えられています。『江戸名所図会』の「三田」の項では、「この地を渡辺綱の旧跡とするのは誤り」としていますし、それ以前にも『武江紀聞』には、綱の旧跡は三田ではなく箕田(みた)、武蔵の国足立郡箕田(現・埼玉県鴻巣市箕田)であると記されています。

縁(ゆかり)の地であるような、正式ではないとの記述もあって、興味深い。

◆野村不動産と三井不動産レジデンシャルの共同建て替えプロジェクト:(仮称)三田プロジェクト

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