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低層マンションを事業として企画することの難しさ

広尾の低層住宅街<日赤通り>

広尾の低層住宅街<日赤通り>

第一種低層住居専用地域は、12種類ある(一般的な)用途地域において、もっとも規制の厳しい地域だ。都心部の場合、そもそも該当する地域が少なく、希少性は高い。だから、新たにマンションが売り出されるとなると、それだけである程度の注目を集めることとなる。しかし、その現地が地元に住む人たちの自然の借景そのものであったとしたなら、関心の中身は少々入り組んでくるかもしれない。

「建ぺい率と容積率が小さく、高さ制限がある」。低層住宅街の魅力の源泉を具体的に列挙せよと言われれば、そんな表現になるだろう。だが、それだけでは伝わりきれない部分が多々存在する。というのも、そもそも第一種低層住居専用地域は、何もないところへ都市計画を導入し街並みが形成されたわけではない。

江戸時代、大名屋敷が建てられたところは、住むに適した見晴らしの良い高台が選ばれた。高温多湿な梅雨のある気候では重宝されるロケーションであったからだと推察する。以後、大きな区画の敷地は皇族の家や庭園として引き継がれ、その豊かな自然は近隣住民はもとより多くの人々の憩いの場として愛されてきた。

都市化が進むにしたがって、屋敷跡地は分譲地などとなり、住宅街としての街並みが形成されはじめる。緑を極力残すような形で都市計画が図られたことは想像に難くない。代表的なものとして、城南五山や松濤、大和郷(やまとむら)などといえば理解も早いのでは。これらすべて、第一種低層住居専用地域である。

港区の南青山にある、とあるマンションは、旧宮家の西隣である。東の窓は大きく取り、借景を楽しめるよう設計された。値付けもほかの向きより高くした。このように、大きな緑地はそこを起点として、家並みが出来上がっていく。ひとつの森を見つけたなら、周囲を見渡してみよう。多くの窓がその方向を向いているはずだ。夏には大音量で蝉が鳴く。都心ではただの蝉も風物詩になる。

このような森を開発するときは注意が必要だ。貴重な自然をいかに残すか。その慎重さとアイデアの豊富さがデベロッパーとしての力量と言える。経年で作り上げられてきた街並みを否定するようなことになっては残念だ。土を掘り返しすぎると蝉も全滅する。一旦途切れると住み着くまでに相当な年月がいる。どこにでもある普通の街並みになってしまえば、第一種低層住居専用地域に惹かれて購入したオーナーもただただ「建物が低い街に住むだけ」に過ぎない。本当の低層の良さを知らぬまま暮らすことになる。人気が廃れるようなことになれば、資産性にも影響を及ぼしかねない。

 

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